安住の地を求めて
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快楽のお話ですよ。
以前書いたポルノのお話は詰めが甘かったというか、全然ポルノと関係ない話のまま
終わってしまったので、せっかく見に来てくれたポルノ好きさんをガッカリさせてしまったと
反省しています。

しかし!今回は、かな~り官能的なお話です。
敏感な方はティッシュペーパーなどを適宜ご用意の上
お読み下さい。
手指を動かす能力というのは、後天的に訓練によって習得するものだそうです。
1歳未満の乳児などは指どころか腕そのものを扱う能力が未発達なので何か物を掴む時に、手よりも足を使った方が上手に掴める場合さえあるようです。
足よりも手の方が感覚が敏感だと考える方もいらっしゃると思いますが、乳幼児の段階では感覚に対応する脳の反応が固定されておらず手も足も大差ないという話です。
それに感覚器としては、手よりも口の方が圧倒的な精密さを持っていますね。
あの小さなモンスターどもが何でも口に入れてベトベトにしてしまうのは本能的に自分の体の構成部品の性能を知っているからなんでしょう、きっと。
乳幼児の話は、このぐらいにしておきましょうか。

いや、まぁ使える物は手に限らず足でも口でも使えば良いです。
というか、イロイロな嗜好があって、それぞれに道がある訳ですから自分が選んだ道を突き進み、究めたり極めたりして頂くに吝かではありません。
が、くれぐれも人の道から外れない範囲でお願いします。

とりあえず一般的に、体の一部としては最も器用に動かすことが出来て、ある程度繊細な感覚を有する部位は、手指をおいて他に無いと行っても過言ではないと考えます。

この文章を読んでいるアナタも、今、この瞬間もマウスやキーボードを操作してスクロールさせたりする作業を無意識にこなせていますね?
問題はココです。
話は手に限らないのですが、手が行っている動作とか、手が受け取っている情報について人は時に余りに無頓着に過ぎます。

という訳で、今回はキーボードのお話です。

あー、続きを読んでくれてるアナタ、良い人ですね。
良い人すぎて損をしたりしないように気をつけて下さいね。
アナタが幸せになれるようにお祈りしたいと思います。

で、ですね・・・気を悪くしないで頂きたいのですが
今アナタがお使いのキーボードは腐ってます。
多分90%以上の確率で。

余計なお世話だ!ってのはわかってますとも。でもね、聞いて欲しいのよ!

もう今となっては大昔の話ですが、パソコンの黎明期にはパソコンはかなり高価でした。
今でも高い買い物かもしれませんけど、その昔、今みたいに「何でも出来ます」なんて事は口が裂けても言えないような、お粗末なパソコンでさえ数十万円。しかも本体のみで。
一式買い揃えると100万円の大台に乗るような事さえ珍しくはありませんでした。

それが今や数百倍とか数千倍の性能で価格は大暴落です。
天下のIBMでさえPC部門を売却したくもなろうってもんですよ。
性能が良くなる一方で値段が下がってくれたお陰で、私も安くて高性能なパソコンが買えるようになったので、その事には素直に感謝します。
「みんな、パソコン買ってくれてありがとう!」

パソコンに限らず、大抵の工業製品は大量生産すれば価格を下げることが出来ます。
クルマが良い例ですね。軽自動車も超高級車も大雑把に見れば同じような構成です。
でも乗り較べれば違いは明らかです。(見ただけでも違いは分かるでしょうが)
高級車は至る所に高級感を醸し出す部品が使われています。
安いクルマは安く作れるようになってます。

敢えて言えば、今売られているパソコンの大半は軽自動車みたいなもんです。
至る所、コストダウンの皺寄せの集合体だといっても良いでしょう。
半導体については、そんなに無理をしなくても量産効果でコストダウンが見込めます。
でも機構部品については半導体のような訳には行きません。そりゃもうエゲツナイぐらいに努力のあとがアリアリと見て取れる程度にコストダウンが図られています。

見えない所、分からない所でコストダウンを図るのは悪い事ではありません。
むしろ、そうした努力があればこそ、今のパソコン事情がある訳で、ある程度の妥協も必要でしょう。

しかし、キーボードのような手に触れる部分、露骨に分かってしまう部分についてまで、あからさまなコストダウンを図るのは間違っています。

個人的な感想ですが、最も酷かったのが90年代の中ごろの機械で、触るのも嫌になるような酷いキーボードやマウスがついていました。コストダウンの極限に挑戦してたのでしょうか?
最近もロクな状態では無いのですが、多少はマシになったような気がします。
恐らくコストをかけずに、それなりの部品が作れるだけのノウハウが蓄積されたり部材としての樹脂等の性能が向上した事などが、品質の向上(というよりも低下に歯止めをかけた)に繋がっているのでしょう。

と書くと、別に問題ないじゃない?なんでムキになってんの?って話になると思いますが、最低だった90年代半ばよりも現状の方が憂慮すべき事態にあると考えているのです。

当時は最低のキーボードもある一方で、昔ながらの品質を維持したキーボードも、さほど苦労せずに入手できたのです。
最近の平均的なパソコンのキーボードの質は、多少は改善されていると思います。(贔屓目に見すぎ?)
しかし、高品質なキーボードは入手困難になっています。おそらく今後も状況は悪くなる一方でしょう。

もちろんパソコンを使う人が増えたことで、上質なキーボードを販売するメーカーも現れてはいます。
しかし、圧倒的に大多数のパソコンユーザーは、無関心ですから販売数も知れています。
単に生産数を増やせないからなのか、単にプレミアムグッズ扱いなのかは不明ですが、価格も決して安くはありません。
多くの人が、パソコンにオマケで付いてきたキーボードよりも良いキーボードを求めるようになれば状況は改善されるでしょう。
とはいえ、こんなネットの片隅に誰が読むとも知れない駄文を長々と書き連ねておいても、状況を変えられるとは思いませんが・・・それでも書いておきたいのです。

私がキーボードに感動を覚えたのは80年代の終わり頃の事だと思います。8ビットパソコンが現役でした。
当時、パソコン向けのゲームソフトを開発する会社に勤務していた私は、職場でIBMのパソコンに触れる機会に恵まれました。
それを使って仕事をしていた訳でもなんでも無くて、本当にただ触っただけの事ですが・・・。
そのキーボードを何気なく叩いてみたときに衝撃が走りました。(キーボードが好きで、この雑文を読んでくれている方なら、とっくにお気付きでしょうが)そのキーボードはバックリングスプリング方式のキースイッチを使った、独特の感触を持つキーボードだったのです。

タイピングの感触を文章で表現出来るほどの文才を持ち合わせていませんので、お伝えできないのが非常に残念というか、実に悔しい限りです。が、タッチの感触を伝えることは出来ない代わりに(?)
実に喧しいキーボードであった事は伝えられます。
バックリングスプリングは日本語では座屈バネと訳されて、座屈の文字が示すとおりスプリングが折れ曲がったり元に戻る時の力を利用する方式です。
キーボードに並んでいるキーの1個1個にスプリングが入っていて、キーを叩くたびに折れ曲がっては伸びるという動作を繰り返す訳です。叩くごとにカシュ、カシュという感じです。
書き忘れていましたが、このキーが、かなり固いというか重いのです。
これは伝統というか歴史的な経緯があっての事だと思います。(電動タイプライタのキーの重さを参考にしたのではないかと想像します。)
数値にすると最近のキーボードの2倍程度だと思いますが、感覚的には3~5倍は固い感じでした。
そんな重いキーをそれなりのスピードで叩くものですから、それが発する音もそれに見合った大きな騒音になります。
文字通り「ガシガシ」とタイピングするという表現がピッタリです。
静かなオフィスだと隣席から苦情が来るでしょう。あるいは仕事をしてるかサボっているか見なくても分かるレベルには間違いなく達していました。
非常に喧しいのですが、それを差し引いて余りあるタッチの良さは、まさに筆舌に尽くしがたい、というのみです。

残念な事に、この種のキーボードは既に殆ど生産されていないようです。
日本語配列のバックリングスプリングキーボードは今でも入手できるんでしょうか?
いや、私は英語キーの方が好きなので日本語キーボードに執着はないのですが・・・。

キーボードを取り替えてみても、「あぁ良くなったなぁ」(または、その逆)って本当に実感できるのは早くても2~3日経ってからじゃないかと思います。
どんなキーボードに替えても(たとえ同じキーボードに交換しても)手に(手が、の方が正しい?)馴染むには多少の時間がかかります。
店頭で触って見て、「おおっ!」と思っても数日たってみると意外に普通で落胆したり「こんなもんかな?」って買ってみたキーボードが何気にアタリだったりして、いくつキーボードを替えてみても、未だに店頭で「コレだっ!」と思ったのと、使い込んで見てからの感想が一致しません。難しい買い物です。
あと、キーボードのタッチの好みなんて人それぞれなので、高価なキーボードだからといって万人に薦められるものではありませんし、私が全然ダメだと思うキーボードを好んで使う人達もいます。

とりあえず、一番安いキーボードで構わないので、買ってみて今のキーボードのかわりに使って見ませんか?
たとえそれが全くダメな腐ったキーボードであっても、今のキーボードと比較する指標には十分でしょう。
今のキーボードを分解清掃するときのスペアぐらいにはなりますし・・・。
あー、そうそう。キーボード売り場でキーボードを試すときは、くれぐれも気を付けて下さいね。
タイピングしながらウットリしてたら店員さんに怪しまれるか、思いっ切り濃いオトモダチが出来てしまうのが関の山です。
思いっ切り濃い店員さんとオトモダチになってしまう、というシチュエーションもあるかも知れません。

そろそろ書き疲れてきました。実は、この文章は普段は全然使わないノートPCで書いています。
「大概にしろよ!」って感じのキーボードなので、普段このノートでタイピングなんかしません、というかストレスが大きいので我慢できません。
そろそろシメに入りましょう。

普段パソコンを使っている人に、上質なキーボードの話をしても「そんなこと無い」かそもそも「関心無い」とか「今使ってるキーボードで満足している」という反応がほとんどです。
実に不幸な事です。
優れた筆記用具が「書く」という行為に与える効能は多くの人が感覚的に理解出来るのに優れたキーボードがもたらす効果については考えない、あるいは優れたキーボードがあるという事に目を向けようとしない。
頑ななまでにキーボードのもたらす悦楽の境地から自らを遠ざける理由をこそ私は知りたい。

日本人にとってタイピングは馴染み深い行為とはいえず、出来れば避けて通りたい関門でしょう。
で、あればこそ余計にキーボードを良いものに換えて、苦痛やストレスを軽減する、またはタイピング自体を楽しめるようになった方が、この先もパソコンと付き合っていく上で大きなプラスになると思うのですがねぇ・・・。

あ、そうそう。
見出しの部分を読んで、ちゃんとティッシュペーパーを用意してくれたアナタ。
とりあえず、そのティッシュでキーボードを掃除してみましょう。

ちょっときれいになるだけでも気持ちよくタイプできるものですよ。
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