安住の地を求めて
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てな訳で、前回は資格のお話に終始してしまいましたが
無線機の話に行く前に、なんでアマチュア無線なんか始めたのかを思い出してみる事にしました。

話は中学生の頃まで遡ります。
テレビとかラジオとか粗大ゴミ置場から拾ってきては、ちょこっと調整すれば映る物は調整してみたり、本格的に壊れている物は部品取りに分解したりしているダメなお子様だった勇者は、「初歩のラジオ」とか「ラジオの製作」とか、そういう雑誌を愛読しておりました。

で、その頃のその手の雑誌だと、BCLとアマチュア無線が記事の主力というか…ね?
当然興味はありました。携帯電話なんて無かった時代に遠くの人と話が出来るモノの存在は、あまりに巨大でした。
しかし、当時は試験が年に2回、九州だと熊本(とか郵政省の支局がある場所なのか?)で、平日にしか受験できませんでした。(多分ね)
少ない小遣いをやりくりして問題集を買って勉強しましたが、平日に熊本まで行こうとすると、子供一人じゃ無理があります。
両親に相談してみましたが、父親の猛烈な反対にあって断念せざるを得ませんでした。
その後、興味がマイコン(パソコンでさえ無い)に移り、無線とは無縁になります。

後に父と話して、反対された理由が分かったのですが、当時、父は長距離トラックに乗っていて違法無線を使っており、その会話の内容は推して知るべし、で子供にそんな物に触れさせる訳にはイカン!と思っていたらしいです。

ここで、話は1990年代の始め頃までガーンと飛びます。
この頃「なんかインターネットってのがあるらしい」という事を知ったのですが、当時は今みたいにプロバイダがある訳でもなく、ごく一部の大学とか企業のもので、個人レベルでネットに繋ぐのはパソコン通信だけという状況でした。
折しも、アマチュア無線にTNCというモデムみたいなのを繋いでバケツリレー方式でデータを流す方法がある事も知ったのですが
「300bpsとかでチンタラやってる場合じゃないだろ?」って事で、またしても無線を始めるには至りませんでした。
しかし、この時に得られた情報は、後に飯の種となりました。

そして話は更に10年後に飛びます。
インターネットも普通に使える環境が整い、ますます無線の必要性は無くなっている訳です。
その頃の勇者はフライトシミュレータに夢中でした。
昔からフライトシミュレータは好きだったんですが、飛行場の近くに住んでる訳でもなく、なんとなく飛行機好きというレベルに長らく止まっていました。
当時はPCの性能も鰻登りに向上し、ネット経由でマルチプレイも出来るようになっていましたから、一緒に遊んでいたシミュレーション飛行仲間から色々な情報が得られました。
それまでは、なんとな~く離陸して、グルグル飛び回って、適当に着陸して遊んでたのが、きちんと計器を使って実際の飛行経路と同じように飛んでみる事に関心を持った訳です。

そこで航空管制無線(以下エアバンド)を聴きたいと思いたちました。
飛行場まで距離がありますから、アンテナ等は相当工夫しないと飛行場側の電波は受信出来ないでしょうが、飛んでいる飛行機の電波は相当離れていても受信できるハズです。
ついでに、ACARSという航行情報システムの存在を知ったのも大きいです。
パソコンのサウンドカードに受信機からの音を流し込んでやると、どの飛行機がどのへんを飛んでいるか、パソコンの画面上に表示されるんですよ。
もうね、飛行機好きーさんには辛抱タマランですよ!

てな訳で、受信機を探す事になりました。
色々調べてみると、専用の受信機じゃなくてもアマチュア無線機を改造するとエアバンドも受信できるらしいじゃないですか。
じゃ無線機にしよう!ついでに免許も取っちゃおう!!という流れになって、実に20数年越しでアマチュア無線の免許を取る事とあい成りました次第に御座います。

と、この辺が区切り良さげなんで、ここで終了。
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